「大岡信ことば館」について、私大岡信として一言ご挨拶申しあげたいと存じます。

私は1931(昭和6)年2月16日に、このZ会文教町ビルの位置する三島駅から歩いてほぼ1キロほど南の、三島市田町奈良橋に生まれました。

成長する過程では、まさに生まれた年から始まった柳条湖事件から1945年の日本敗戦まで、完全に戦時体制下の生活でしたが、1945年8月15日以降1947年(昭和22)4月に旧制第一高等学校入学までの戦後すぐの時代のことは、どうもよく思い出せないのです。たえず空腹だったはずですが、その記憶はまったくなく、受験勉強の記憶もまったくありません。空腹の記憶は、一高に入学して寮生活に入ってからも、あまりないのはどうしたことかと思いますが、一高生として暖たかく迎えてくれた人たちのことが、懐かしく思い出されます。

私はその後東大の国文学科を出て、読売新聞記者になり、外報部に十年間所属しました。1963(昭和38)年4月、読売新聞を退社。自由の身となり、同年十月パリ青年ビエンナーレ詩部門に参加のため初めて渡仏、パリ市近代美術館で日本の戦後詩について講演しました。1965(昭和40)年以降、明大に勤め、助教授、教授となり、1987(昭和61)年まで明治大学に勤務しました。

その間、さまざまな種類の文章を書き、画家、音楽家をはじめ、多才有能な友人知己に恵まれ、豊かな人の輪にかこまれていたと思います。

Z会との関係もそういう中で始まり、現在に至っています。私が書く主題は、詩人として書くことが多いため、「ことば」をめぐる話題に特に集中しているように思われます。そのことも関係がありますが、Z会文教町ビルの一階、二階フロアに開設される「大岡信ことば館」の活動も、内容としては、ことばを発し、聞き、理解する、人間全体の活動に関わるものになるだろうと考えます。

したがって、この館では今後、企画展示・講演会・音楽会などの活動も活発に行い、こうして養われる豊かな言葉を、次代の若い世代に伝えてゆきたいと考えております。

ひとつの建物に自分の名前を冠するという、まことに身のほどをわきまえない行為に対しては、「ことば」というものの無限大の重要性に免じて皆さまのおゆるしを得たく存じます。

大岡 信

大岡 信 おおおか まこと

1931(昭和6)年、三島市生まれ。詩人。歌人大岡博の長男。父と窪田空穂の影響で、沼津中学時代に作歌・詩作を行う。一高文科から東大国文科卒業。在学中に「現代文学」、卒業後「櫂」に参加し、「シュルレアリスム研究会」「鰐」を結成。読売新聞外報部勤務を経て、明治大学・東京芸術大学の教授をつとめた。詩と批評を中心とした多様な精神活動を行い、また連歌から発展させた連詩を外国人とも試みている。日本芸術院会員。

大岡 信(おおおか まこと)