大岡信の詩

夏のおもひに

この夕 海べの岩に身をもたれ。
ゆるくながれる しほの香に夕の諧調は 海をすべり。
いそぎんちやくの かよわい触手は ひそかにながれ。
とほくひがしに 愁ひに似て 甘く ひかりながれて。

この夕 小魚の群の ゑがく 水脈に
かすかな ひかりの小皺 みだれるをみ。
いそぎんちやくの かよわい触手は ひそかにながれ。
海の香と 胸とろかす ひびきに呆けて。

とらはれの 魚群をめぐる ひとむれの鴎らに
西の陽のつめたさが くろく落ち。
はなれてゆく遊覧船の かたむきさへ 愁ひをさそひ。

この夕 海べの岩に身をもたれ。
こころひらかぬままに おづおづと 語らひもせず 別れしゆゑ
ゆゑもなく慕はれる人の 面影を 夏のおもひに ゑがきながら。