なべて世の

はかなきことを

悲しとは

かかる夢見ぬ

人やいひけむ

建礼門院右京大夫

右京大夫の官名で高倉天皇の中宮建礼門院に仕えた教養豊かな女性。平重盛の次男資盛の愛人だったが、資盛は壇ノ浦で海の藻屑と消えた。知らせを受けて悲嘆にくれた日々の歌が彼女をかくも有名にした。「なべて」はおしなべて。人生おしなべてはかなく無常だ、それが悲しい、など言ってる人は、私が今見ているような悪夢をまだ見たことがないから、「悲し」など気安く言えるのだ、と。