閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声 松尾 芭蕉 『奥の細道』山形の立石寺(土地ではリッシャクジという)参詣のくだりに出る。元禄二年五月二十七日(陽暦七月十三日)。同寺の全山凝灰岩でできた境内は、今も「心澄みゆく」「清閑の地」の面影を残す。句は芭蕉秀吟中の秀吟。断続するサ行音が、日本詩歌の鍵ともいえる「しみ入る」感覚、その澄明幽遠さを表現する。蝉が鳴きしきっていても、その声のかまびすしさがきわまる所には浄寂境そのものが出現するという宇宙観。 すべて 春のうた 夏のうた 秋のうた 冬のうた み吉野は山もかすみて白雪のふりにし里に春は来にけり 藤原 良経(春のうた) あめつちにただ二人なる恋もせむひがみて怖ぢて人に堕ちめや 与謝野寛(春のうた) 大蛍ゆらりゆらりと 小林一茶(夏のうた) ところてん煙の如く沈み居り 日野草城(夏のうた) また蜩のなく頃となつた かな かな かな かな どこかに いい国があるんだ 山村 暮鳥(秋のうた) 憂き事のまどろむほどはわすられて覚むれば夢のここちこそすれ 崇徳院(冬のうた) 焼け土やほり出す海老も秋暑し 小沢 碧童(秋のうた) 入れ替への催促に来る赤とんぼ 誹風柳多留拾遺(秋のうた) 行水も日まぜになりぬ虫の声 小西 来山(秋のうた) 君待つとわが恋ひをればわが屋戸のすだれ動かし秋の風吹く 額田王(秋のうた) 初風や道の雀も群に入り 佐野 良太(秋のうた) 汽笛一声新橋をはや我汽車は離れたり愛宕の山に入りのこる月を旅路の友として 大和田 建樹(秋のうた) 面白の花の都や 筆で書くとも及ばじ 東には祇園、清水 落ちくる滝の音羽の嵐に 地主の桜はちりぢり 西は法輪・嵯峨の御寺 閑吟集(秋のうた) 木のまよりもりくる月の影見れば心づくしの秋は来にけり よみ人しらず(秋のうた) 秋の月光さやけみもみぢ葉のおつる影さへ見えわたるかな 紀貫之(秋のうた) 伊勢の海の沖つ白波花にもが包みて妹が家づとにせむ 安貴王(秋のうた) 旅にして物恋しきに山下の赤のそほ船沖へ漕ぐ見ゆ 高市連 黒人(秋のうた) わが背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露にわが立ち濡れし 大伯 皇女(秋のうた) 秋山の黄葉を茂み迷ひぬる妹を求めむ山道知らずも 柿本人麻呂(秋のうた) 橋立の倉椅川の石走はも 壮子時にわが渡りてし石走はも 柿本人麻呂歌集(秋のうた) やはらかに人分けゆくや勝角力 高井 几董(秋のうた) 遠き樹の上なる雲とわが胸とたまたま逢ひぬ静かなる日や 尾上 柴舟(秋のうた) 石に腰を、墓であつたか 種田 山頭火(秋のうた) 萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また 藤袴 朝貌の花 山上憶良(秋のうた) 舂ける彼岸秋陽に狐ばな赤々そまれりここはどこのみち 木下 利玄(秋のうた) やはらかに柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに 石川 啄木(秋のうた) 折もよき秋のたゝきの烏帽子魚かま倉風にこしらへてみん 雀酒盛(秋のうた) 残る蚊をかぞへる壁や雨のしみ 永井 荷風(秋のうた) 待つといふ一つのことを教へられわれ髪しろき老に入るなり 片山 広子(秋のうた) 赤とんぼまだ恋とげぬ朱(あか)さやか 佐野 青陽人(秋のうた) あまの原ふりさけみれば春日なる三笠の山にいでし月かも 阿倍 仲麻呂(秋のうた) 曼珠沙華抱くほどとれど母恋し 中村 汀女(秋のうた) 芋嵐猫が髯(ひげ)張り歩きをり 村山 古郷(秋のうた) 物おもふ身にもの喰へとせつかれて月見る顔の袖おもき露 芭蕉 珍碩(秋のうた) 水鳥を水の上とやよそに見む我れも浮きたる世を過ぐしつつ 紫式部(冬のうた) なにせうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ 閑吟集(冬のうた) 水鳥やむかふの岸へつういつい 広瀬 惟然(冬のうた) 憂きことを海月に語る海鼠かな 黒柳 召波(冬のうた) ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの 室生 犀星(冬のうた) ふりむけば障子の桟に夜の深さ 長谷川 素逝(冬のうた) おのが灰おのれ被りて消えてゆく木炭の火にたぐへて思ふ 太田 水穂(冬のうた) しやべり散らすな 愛を おもひきり胸には水をそそげ 逸見 猶吉(冬のうた) 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな 藤原兼輔(冬のうた) 咳の子のなぞなぞあそびきりもなや 中村 汀女(冬のうた) 富人の家の児どもの着る身無み腐し棄つらむ絁綿らはも 山上 憶良(冬のうた) 奥白根かの世の雪をかゞやかす 前田 普羅(冬のうた) 冬が来た。白い樹樹の光を体のうちに蓄積しておいて、夜ふかく眠る 前田 夕暮(冬のうた) 木枯の一日吹いて居りにけり 岩田 涼菟(冬のうた) さんさ時雨と 萱野の雨は 音もせで来て 降りかゝる 鄙廼 一曲(冬のうた) むしぶすま柔やが下に臥せれども妹とし寝ねば肌し寒しも 藤原麿(冬のうた) 沖の石のひそかに産みし海鼠かな 野村 喜舟(冬のうた) はかなくて木にも草にもいはれぬは心の底の思ひなりけり 香川 景樹(冬のうた) ほのほのみ虚空にみてる阿鼻地獄行方もなしといふもはかなし 源 実朝(冬のうた) 冬蜂の死にどころなく歩きけり 村上 鬼城(冬のうた) 足軽のかたまつて行く寒さかな 井上 士朗(冬のうた) 夜は寒み夜床はうすし故郷の妹がはだへはいまぞ恋しき 曾禰 好忠(冬のうた) 冬籠り虫けらまでも穴かしこ 松永 貞徳(冬のうた) 若の浦に潮満ち来れば潟を無み葦辺をさして鶴鳴き渡る 山部 赤人(冬のうた) 高熱の鶴青空に漂へり 日野 草城(冬のうた) 山や雪知らぬ鳥鳴く都かな 心敬(冬のうた) 去年今年貫く棒の如きもの 高浜 虚子(冬のうた) 牀寒く枕冷かにして 明に到ること遅し 更めて起きて 灯前に独り詩を詠む 菅原 道真(冬のうた) 吾なくばわが世もあらじ人もあらじまして身を焼く思もあらじ 柳原 白蓮(春のうた) 木のまたのあでやかなりし柳哉 野沢 凡兆(春のうた) 一雫こぼして延びる木の芽かな 有井 諸九(春のうた) 鶯や下駄の歯につく小田の土 野沢 凡兆(春のうた) 月の輝くは晴れたる雪の如し 梅花は照れる星に似たり 菅原 道真(春のうた) なのはなの雲を蒸なる匂ひ哉 三宅 嘯山(春のうた) ふるひ寄せて白魚崩れん許りなり 夏目 漱石(春のうた) 恋は今はあらじと我は思へるをいづくの恋そつかみかかれる 広河 女王(春のうた) 仏は常にいませども 現ならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見え給ふ 梁塵秘抄(春のうた) くさかげの なもなきはなに なをいひし はじめのひとの こころをぞおもふ 伊東 静雄(春のうた) 北はまだ雪であらうぞ春のかり 江左 尚白(春のうた) 薄氷雨ほちほちと透すなり 加舎 白雄(春のうた) ただ 人には馴れまじものぢや 馴れての後に 離るる るるるるるるが 大事(だいぢ)ぢやるもの 閑吟集(春のうた) うらやまし思ひ切るとき猫の恋 越智 越人(春のうた) 旅をゆきしあとの宿もりおのおのに私あれや今朝はいまだ来ぬ 源 実朝(春のうた) 梅は匂ひよ 木立はいらぬ 人はこころよ 姿はいらぬ 隆達 小歌(春のうた) 春寒し水田の上の根なし雲 河東 碧梧桐(春のうた) 箱を出て初雛のまヽ照りたまふ 渡辺 水巴(春のうた) 春雷や蒲団の上の旅衣 島村 元(春のうた) 山々の一度に笑ふ雪解にそこは沓々ここは下駄々々 山東 京伝(春のうた) 春泥や嘴を浄めて枝に鳥 石井 露月(春のうた) いちどだけ父と馬刀突きしたること 星野 麦丘人(春のうた) 朝凪の海士の漁りぞ思ひやる春のうららに日はなりにけり 藤原 為家(春のうた) 春の夜の霞の間より山の端をほのかに見せていづる月影 藤原 為氏(春のうた) 両方に髭がある也猫の恋 小西 来山(春のうた) 飯蛸のあはれやあれではてるげな 小西 来山(春のうた) ねがはくは花のもとにて春死なむその如月の望月のころ 西行 法師(春のうた) 蟻地獄松風を聞くばかりなり 高野 素十(夏のうた) 郭公や何処までゆかば人に逢わむ 臼田 亜浪(夏のうた) ただひとり岩をめぐりて この岸に愁を繋ぐ 島崎 藤村(夏のうた) 天の河霧立ち渡り彦星の楫の音聞ゆ夜の更けゆけば よみ人しらず(夏のうた) 白珠は人に知らえず 知らずともよし 知らずとも吾し知れらば 知らずともよし ある僧(夏のうた) 天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ 柿本人麻呂歌集(夏のうた) 雲の峰裏は明るき入日かな 内藤 鳴雪(夏のうた) ゆふぐれは雲のはたてにものぞ思ふ天つ空なる人をこふとて よみ人しらず(夏のうた) 熊野川下す早瀬の水馴れ棹さすが見馴れぬ波の通ひ路 後鳥羽上皇(夏のうた) 閑かさや岩にしみ入る蝉の声 松尾 芭蕉(夏のうた) 行きなやむ牛のあゆみにたつ塵の風さへあつき夏の小車 藤原 定家(夏のうた) 金粉をこぼして火蛾やすさまじき 松本 たかし(夏のうた) 力なき蝦 力なき蝦 骨なき蚯蚓 骨なき蚯蚓 催馬楽(夏のうた) なべて世のはかなきことを悲しとはかかる夢見ぬ人やいひけむ 建礼門院右京大夫(夏のうた) とがもない尺八を枕にかたりとなげあててもさびしや独り寝 閑吟集(夏のうた) 鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におわす夏木立かな 与謝野 晶子(夏のうた) 水鳥の背に残りゐる夕明り湖 暮れゆけばただ仄かなる 大岡 博(夏のうた) なんと今日の暑さはと石の塵を吹く 上島 鬼貫(夏のうた) めん鶏ら砂あび居たれひつそりと剃刀研碑とは過ぎに行きにけり 斎藤 茂吉(夏のうた) かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ 若山 牧水(夏のうた) まてどくらせどこぬひとを 宵待草のやるせなさ こよひは月もでぬさうな。 竹久 夢二(夏のうた) 腰に下げたる巾著は これも憂き人の縫じやほどに 松の葉(夏のうた) すゞしさや朝草門ンに荷ひ込 野沢 凡兆(夏のうた) 押鮓に借らばや汝が石頭 谷活東(夏のうた) 水ふんで草で足ふく夏野哉 小西 来山(夏のうた) ひとをいかる日 われも 屍のごとく寝入るなり 八木 重吉(夏のうた) 石麿にわれ物申す夏痩に良しといふ物そ鰻取り食せ 大伴 家持(夏のうた) み吉野は山もかすみて白雪のふりにし里に春は来にけり 藤原 良経 あめつちにただ二人なる恋もせむひがみて怖ぢて人に堕ちめや 与謝野寛 吾なくばわが世もあらじ人もあらじまして身を焼く思もあらじ 柳原 白蓮 木のまたのあでやかなりし柳哉 野沢 凡兆 一雫こぼして延びる木の芽かな 有井 諸九 鶯や下駄の歯につく小田の土 野沢 凡兆 月の輝くは晴れたる雪の如し 梅花は照れる星に似たり 菅原 道真 なのはなの雲を蒸なる匂ひ哉 三宅 嘯山 ふるひ寄せて白魚崩れん許りなり 夏目 漱石 恋は今はあらじと我は思へるをいづくの恋そつかみかかれる 広河 女王 仏は常にいませども 現ならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見え給ふ 梁塵秘抄 くさかげの なもなきはなに なをいひし はじめのひとの こころをぞおもふ 伊東 静雄 北はまだ雪であらうぞ春のかり 江左 尚白 薄氷雨ほちほちと透すなり 加舎 白雄 ただ 人には馴れまじものぢや 馴れての後に 離るる るるるるるるが 大事(だいぢ)ぢやるもの 閑吟集 うらやまし思ひ切るとき猫の恋 越智 越人 旅をゆきしあとの宿もりおのおのに私あれや今朝はいまだ来ぬ 源 実朝 梅は匂ひよ 木立はいらぬ 人はこころよ 姿はいらぬ 隆達 小歌 春寒し水田の上の根なし雲 河東 碧梧桐 箱を出て初雛のまヽ照りたまふ 渡辺 水巴 春雷や蒲団の上の旅衣 島村 元 山々の一度に笑ふ雪解にそこは沓々ここは下駄々々 山東 京伝 春泥や嘴を浄めて枝に鳥 石井 露月 いちどだけ父と馬刀突きしたること 星野 麦丘人 朝凪の海士の漁りぞ思ひやる春のうららに日はなりにけり 藤原 為家 春の夜の霞の間より山の端をほのかに見せていづる月影 藤原 為氏 両方に髭がある也猫の恋 小西 来山 飯蛸のあはれやあれではてるげな 小西 来山 ねがはくは花のもとにて春死なむその如月の望月のころ 西行 法師 大蛍ゆらりゆらりと 小林一茶 ところてん煙の如く沈み居り 日野草城 蟻地獄松風を聞くばかりなり 高野 素十 郭公や何処までゆかば人に逢わむ 臼田 亜浪 ただひとり岩をめぐりて この岸に愁を繋ぐ 島崎 藤村 天の河霧立ち渡り彦星の楫の音聞ゆ夜の更けゆけば よみ人しらず 白珠は人に知らえず 知らずともよし 知らずとも吾し知れらば 知らずともよし ある僧 天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ 柿本人麻呂歌集 雲の峰裏は明るき入日かな 内藤 鳴雪 ゆふぐれは雲のはたてにものぞ思ふ天つ空なる人をこふとて よみ人しらず 熊野川下す早瀬の水馴れ棹さすが見馴れぬ波の通ひ路 後鳥羽上皇 閑かさや岩にしみ入る蝉の声 松尾 芭蕉 行きなやむ牛のあゆみにたつ塵の風さへあつき夏の小車 藤原 定家 金粉をこぼして火蛾やすさまじき 松本 たかし 力なき蝦 力なき蝦 骨なき蚯蚓 骨なき蚯蚓 催馬楽 なべて世のはかなきことを悲しとはかかる夢見ぬ人やいひけむ 建礼門院右京大夫 とがもない尺八を枕にかたりとなげあててもさびしや独り寝 閑吟集 鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におわす夏木立かな 与謝野 晶子 水鳥の背に残りゐる夕明り湖 暮れゆけばただ仄かなる 大岡 博 なんと今日の暑さはと石の塵を吹く 上島 鬼貫 めん鶏ら砂あび居たれひつそりと剃刀研碑とは過ぎに行きにけり 斎藤 茂吉 かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ 若山 牧水 まてどくらせどこぬひとを 宵待草のやるせなさ こよひは月もでぬさうな。 竹久 夢二 腰に下げたる巾著は これも憂き人の縫じやほどに 松の葉 すゞしさや朝草門ンに荷ひ込 野沢 凡兆 押鮓に借らばや汝が石頭 谷活東 水ふんで草で足ふく夏野哉 小西 来山 ひとをいかる日 われも 屍のごとく寝入るなり 八木 重吉 石麿にわれ物申す夏痩に良しといふ物そ鰻取り食せ 大伴 家持 また蜩のなく頃となつた かな かな かな かな どこかに いい国があるんだ 山村 暮鳥 焼け土やほり出す海老も秋暑し 小沢 碧童 入れ替への催促に来る赤とんぼ 誹風柳多留拾遺 行水も日まぜになりぬ虫の声 小西 来山 君待つとわが恋ひをればわが屋戸のすだれ動かし秋の風吹く 額田王 初風や道の雀も群に入り 佐野 良太 汽笛一声新橋をはや我汽車は離れたり愛宕の山に入りのこる月を旅路の友として 大和田 建樹 面白の花の都や 筆で書くとも及ばじ 東には祇園、清水 落ちくる滝の音羽の嵐に 地主の桜はちりぢり 西は法輪・嵯峨の御寺 閑吟集 木のまよりもりくる月の影見れば心づくしの秋は来にけり よみ人しらず 秋の月光さやけみもみぢ葉のおつる影さへ見えわたるかな 紀貫之 伊勢の海の沖つ白波花にもが包みて妹が家づとにせむ 安貴王 旅にして物恋しきに山下の赤のそほ船沖へ漕ぐ見ゆ 高市連 黒人 わが背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露にわが立ち濡れし 大伯 皇女 秋山の黄葉を茂み迷ひぬる妹を求めむ山道知らずも 柿本人麻呂 橋立の倉椅川の石走はも 壮子時にわが渡りてし石走はも 柿本人麻呂歌集 やはらかに人分けゆくや勝角力 高井 几董 遠き樹の上なる雲とわが胸とたまたま逢ひぬ静かなる日や 尾上 柴舟 石に腰を、墓であつたか 種田 山頭火 萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また 藤袴 朝貌の花 山上憶良 舂ける彼岸秋陽に狐ばな赤々そまれりここはどこのみち 木下 利玄 やはらかに柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに 石川 啄木 折もよき秋のたゝきの烏帽子魚かま倉風にこしらへてみん 雀酒盛 残る蚊をかぞへる壁や雨のしみ 永井 荷風 待つといふ一つのことを教へられわれ髪しろき老に入るなり 片山 広子 赤とんぼまだ恋とげぬ朱(あか)さやか 佐野 青陽人 あまの原ふりさけみれば春日なる三笠の山にいでし月かも 阿倍 仲麻呂 曼珠沙華抱くほどとれど母恋し 中村 汀女 芋嵐猫が髯(ひげ)張り歩きをり 村山 古郷 物おもふ身にもの喰へとせつかれて月見る顔の袖おもき露 芭蕉 珍碩 憂き事のまどろむほどはわすられて覚むれば夢のここちこそすれ 崇徳院 水鳥を水の上とやよそに見む我れも浮きたる世を過ぐしつつ 紫式部 なにせうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ 閑吟集 水鳥やむかふの岸へつういつい 広瀬 惟然 憂きことを海月に語る海鼠かな 黒柳 召波 ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの 室生 犀星 ふりむけば障子の桟に夜の深さ 長谷川 素逝 おのが灰おのれ被りて消えてゆく木炭の火にたぐへて思ふ 太田 水穂 しやべり散らすな 愛を おもひきり胸には水をそそげ 逸見 猶吉 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな 藤原兼輔 咳の子のなぞなぞあそびきりもなや 中村 汀女 富人の家の児どもの着る身無み腐し棄つらむ絁綿らはも 山上 憶良 奥白根かの世の雪をかゞやかす 前田 普羅 冬が来た。白い樹樹の光を体のうちに蓄積しておいて、夜ふかく眠る 前田 夕暮 木枯の一日吹いて居りにけり 岩田 涼菟 さんさ時雨と 萱野の雨は 音もせで来て 降りかゝる 鄙廼 一曲 むしぶすま柔やが下に臥せれども妹とし寝ねば肌し寒しも 藤原麿 沖の石のひそかに産みし海鼠かな 野村 喜舟 はかなくて木にも草にもいはれぬは心の底の思ひなりけり 香川 景樹 ほのほのみ虚空にみてる阿鼻地獄行方もなしといふもはかなし 源 実朝 冬蜂の死にどころなく歩きけり 村上 鬼城 足軽のかたまつて行く寒さかな 井上 士朗 夜は寒み夜床はうすし故郷の妹がはだへはいまぞ恋しき 曾禰 好忠 冬籠り虫けらまでも穴かしこ 松永 貞徳 若の浦に潮満ち来れば潟を無み葦辺をさして鶴鳴き渡る 山部 赤人 高熱の鶴青空に漂へり 日野 草城 山や雪知らぬ鳥鳴く都かな 心敬 去年今年貫く棒の如きもの 高浜 虚子 牀寒く枕冷かにして 明に到ること遅し 更めて起きて 灯前に独り詩を詠む 菅原 道真
『奥の細道』山形の立石寺(土地ではリッシャクジという)参詣のくだりに出る。元禄二年五月二十七日(陽暦七月十三日)。同寺の全山凝灰岩でできた境内は、今も「心澄みゆく」「清閑の地」の面影を残す。句は芭蕉秀吟中の秀吟。断続するサ行音が、日本詩歌の鍵ともいえる「しみ入る」感覚、その澄明幽遠さを表現する。蝉が鳴きしきっていても、その声のかまびすしさがきわまる所には浄寂境そのものが出現するという宇宙観。