高熱の

鶴青空に

漂へり

日野 草城

『人生の午後』(昭二八)所収。昭和三十一年五十四歳で没した俳人。新興俳句の騎手だったが、戦災で家を焼失、心身の酷使から結核に倒れ、緑内障で片目をも失明、長い闘病の末に、初期の才華溢れる句とは別種の、沈潜した句を残して死んだ。むずから高熱と咳に苦しむ病床で、高熱を発して青空に漂う鶴の幻を夢うつつに見ているのである。「鶴咳きに呟く白雲にとりすがり」の句も同じ時作っている。鶴の中に草城もいる。