春のために

砂浜にまどろむ春を掘りおこし
おまえはそれで髪を飾る おまえは笑う
波紋のように空に散る笑いの泡立ち
海は静かに草色の陽を温めている

おまえの手をぼくの手に
おまえのつぶてをぼくの空に ああ
今日の空の底を流れる花びらの影

ぼくらの腕に萌え出る新芽
ぼくらの視野の中心に
しぶきをあげて廻転する金の太陽

ぼくら 湖であり樹木であり
芝生の上の木洩れ日であり
木洩れ日のおどるおまえの髪の段丘である
ぼくら

新らしい風の中でドアが開かれ
緑の影とぼくらとを呼ぶ夥しい手
道は柔らかい地の肌の上になまなましく
泉の中でおまえの腕は輝いている
そしてぼくらの睫毛の下には陽を浴びて

この詩は、二〇歳のときのものです。わたしの若いころの詩では、一応代表的な作と思われています。

陽のさした砂浜が広がっている。その陽は、まだ暖かさはないけれどもきらきら光っている太陽の光なのです。「草色の太陽」とは、春の匂いまでも含んだ光をもった、萌え出てくる明るい草の色をした太陽です。見渡すと、海と砂浜に続く、広い芝生。そこには木があって、木洩れ日が芝生の上に光っている。木洩れ日は、恋人のうねうねと波打っている髪にもさしている。ぼくらは自然の中心にいて、自然と一体化している。「ぼくら」の前には、開かれた新しいドアがある。

睫毛の下にある「海と果実」とは、人類や魚類などの全体を抱きかかえている自然界としての海と、そこに生まれ出る新しい生命としての「果実」。この世界全体を、二つの言葉で表そうとしました。恋する気持ちが、すっと言葉になって出てきた詩です。

(出典『記憶と現在』一九五六年 ユリイカ刊)