うたのように 3

十六歳の夢の中で、私はいつも感じていた、私の眼からまっすぐに伸びる春の舗道を。空にかかって、見えない無数の羽音に充ちて、舗道は海まで一面の空色のなかを伸びていった。恋人たちは並木の梢に腰かけて、白い帽子を編んでいた。風が綿毛を散らしていた。

十六歳の夢の中で、私は自由に溶けていた。真昼の空に、私は生きた水中花だった。やさしい牝馬の目をした年上の娘は南へ行った。彼女の手紙は水蓮の香と潮の匂をのせてきた。小麦色した動物たちは、私の牧場で虹を渡る稽古をつづけた。

私はすべてに「いいえ」と言った。けれどもからだは、躍りあがって「はい」と叫んだ。

この詩は、一九歳から二一歳くらいの大学生の頃に書いたものです。舗道が海に向かっているというのは、「海」の持つ、広さ、明るさ、未来に向かったイメージからです。帽子や綿毛の「白」は、若さや清らかさの感じ。そして恋人たちがまるで妖精のように並んでいる場面では、シャガール(一八八七〜一九八五年 フランスの画家)の絵のイメージが浮かびます。その絵に影響を受けたかどうか、というのは簡単には言えないことですが、特に大好きというわけではなくても、イメージを使ってみたかったのですね。

この頃、「自由」が実は不自由を伴うもの、ということを無意識に感じていました。若いときには、身分も地位もなく、何者でもないけれども、感覚は開かれています。どこにも行ける、どこにも存在できる、つまり遊しているような状態です。でも、これから来るであろう困難は予感しています。だからむやみに不機嫌なのですが、肉体は躍動しています。それがうまく表せていれば、嬉しいと思います。

(出典『記憶と現在』一九五六年 ユリイカ刊)