夏のおもひに

この夕 海べの岩に身をもたれ。
ゆるくながれる しほの香に夕の諧調は 海をすべり。
いそぎんちやくの かよわい触手は ひそかにながれ。
とほくひがしに 愁ひに似て 甘く ひかりながれて。

この夕 小魚の群の ゑがく 水脈に
かすかな ひかりの小皺 みだれるをみ。
いそぎんちやくの かよわい触手は ひそかにながれ。
海の香と 胸とろかす ひびきに呆けて。

とらはれの 魚群をめぐる ひとむれの鴎らに
西の陽のつめたさが くろく落ち。
はなれてゆく遊覧船の かたむきさへ 愁ひをさそひ。

この夕 海べの岩に身をもたれ。
こころひらかぬままに おづおづと 語らひもせず 別れしゆゑ
ゆゑもなく慕はれる人の 面影を 夏のおもひに ゑがきながら。

この詩は、十六歳のときの作品です。当時私は、学校に通うために故郷を離れていました。書いたのは八月。夏休みで家に帰っていました。沼津の浜辺から、遠くの岬を望んで書いています。三行四行三行四行(計十四行)で書くソネット形式を自らの詩で試みて、それができた、と思えた最初のものです。

この詩では、「この夕 海べの岩に身をもたれ。」、二連目で「この夕 小魚の群の ゑがく 水脈に」とありますね。このように詩の行の中で、似通ったものが使われながら、少しずつ変わっていく形式があることを、この頃、フランスの詩人ボードレールのソネットで知りました。それは詩を書き始めた子どもにとって、とても魅力的だったんですね。これはいけるぞ、と思った。行の終わりも「もたれ。」「すべり。」「ながれ。」と意識的に連用形にして終結していない。同じものを徐々にずらすことや終止形を使わないことで、ことばがゆるやかに運動します。そして、最後は格好をつけなくてはならないから、一人の女性を描いて締めくくりました。

(出典「水底吹笛」初期詩篇 一九四七―一九五二)