旅にして

物恋(ものこほ)しきに山下(やました)

(あけ)のそほ(ぶね)

沖へ()ぐ見ゆ

高市連 黒人(たけちのむらじくろひと)

『万葉集』巻三。持統天皇時代に官吏だった歌人だが、伝不明。万葉に残した十八首はすべて旅の歌で、叙景の中に旅人の孤愁を息づかせている。「物恋し」は漠たる憧れの状態をいうが、もちろん望郷の思いが中心にある。ソホは「赭」で、赤色の土。船材の防腐用に塗った。小高い山の上から沖へ漕ぎ去る船を見つめているのである。物恋しいから船を見つめる。その船が消えてゆくから、物恋しさもいやまさるのだ。