レポート

 3メートル四方の巨大なカンバスに描かれた、宇佐美圭司の絵画。そのどこか一点に注目しようとすると、必ず他のどこかへ、また他へと視線は導かれ、そのうちに、自分は何を見ているのか、どのくらいの時が経ったのか……あらゆる感覚が交差しはじめ、やがて自分のいるこの場所と、絵の中に広がる場所とが一つの空間であるかのような、不思議な感覚に満たされます。
ある運動にブレーキがかかることで、そこから新たな展開に向けたエネルギーが生成する……「制動(ブレーキ)・大洪水」は、宇佐美がこの10年ほど取り組んでいる文明論的な主題です。大洪水は、自然界における大きな制動(ブレーキ)作用のひとつでもありますが、2011年3月11日を経て、この主題は、画家にとっても私たちにとっても、それまで以上に大きな問いを投げかけるものとなりました。
 描くという身体的な行為が思考するという知的行為と分かちがたく結びつき、いわば描くことで思考を前進させる画家・宇佐美圭司。何ヶ月もかけて描かれる無数の人型の織りなすネットワークが、物語性を感じさせずにはおきません。定型と非定型のせめぎあい、そこから形はあふれ出し、大洪水となって会場を制動の渦と変えるでしょう。
 今回は、「制動(ブレーキ)・大洪水」を主題とする作品群の中から、展覧会直前まで描かれる最新作2点を含め、大作7点をご紹介します。また、宇佐美氏自身の手元に保管されてきた、画家の歩み出しである60年代初期の貴重な作品、そして当館の所蔵コレクションの中から、《オールド・ファッション・アーケード》、《出現》(いずれも1965年)などの作品も展示します。
 美術館に置かれた作品は観客に接するときひとつのパフォーミング・アートに変容します。詩も絵画も心の出来事です。当館館長の造形家・岩本圭司は、これまでも大岡信の詩を全身で体験できるひとつの出来事に変えようとしてきましたが、今回は宇佐美圭司の作品世界に深く 入り込み、画家と一体になって一つの展示空間を生み出します。
本展の開催が一人でも多くの人と宇佐美作品との出会いとなって、それぞれが新たな一歩を踏み出すためのエネルギーの生成につながれば幸いです。

<展覧会アルバム>